琉球3



座喜味城中城城三重城島添大里城糸数城

座喜味城

読谷村

護佐丸が1429年の三山統一後に、山田グスクに移り、その後ここに移ったという。 護佐丸はその後中城城へ移った。(沖縄の名城を歩くより)
現在は一の郭と二の郭が残っている。琉球石灰岩による石塁で築かれ門には楔石が使われている。



中城城

中城村

14世紀に先中城按司の一族が築城し、1440年に琉球国王の命で護佐丸が勝連城主の阿麻和利に対応するために、 座喜味城から移封された、1458年に護佐丸は滅ぼされた。(沖縄の名城を歩くより)
入場は有料であるが整備されている。 南の郭から、一の郭、二の郭、三の郭と一の郭を中心に4つ横並びしている。 護佐丸が北の郭と三の郭を増築したという。 城跡から離れた場所に護佐丸の亀甲墓がある。



三重城

那覇市【最寄り駅】ゆいれーる旭橋駅

16世紀後半に倭寇対策として築城されたと考えられている。 対岸の屋良座森グスクと連携して那覇港を守った。戦後、米軍により軍港造成のために破壊された。 (沖縄の名城を歩くより)
現在はロワジールホテルの先に入口があり、部分的に石垣が残っている。



島添大里城

南城市(大里村)

グスク時代の南山国の王城だったといわれる。 1402年に佐敷グスク城主尚巴志により落城された。 1429年に三山を統一し、尚巴志は首里グスクに拠点を移した。 (沖縄の名城を歩くより)



糸数城

南城市(旧玉城村)

14世紀初頭に玉城按司が三男を派遣して築城したという。 (沖縄の名城を歩くより)





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