前半は京都の出足が良かったが、そのうち京都の速いプレスに鹿島も慣れ、
次第に鹿島ペースになりつつあったが、京都の攻撃時間の方が長かった。
が、決定機は先に鹿島に訪ずれ、柳沢のループがバーに当たったこぼれ球を、
エウレルがヘッドでたたき込んだ。京都GK平井は早く諦めすぎ。
後半になっても同じ流れだったが、朴智星のヘッドで同点となってからは、
富田が前線にまで上がる超攻撃的な布陣に鹿島もたじたじになり、
黒部の技ありのゴールで決勝点を上げ、勝負は決っした。
京都はDF鈴木が懸命なカバーで目立ったものの、
誰が特に良かった訳ではなかった気がする。
エンゲルスの戦術が見事に決まったのが勝因かもしれない。
MF石丸もほぼ1ボランチとしてほとんどディフェンスだったが、機能していた。
ボランチがヘボい福岡に帰って来て欲しい。
金子の先制ゴールの1つ前のプレーで、岐阜工の右SBを倒したおかげで、 池元がフリーになったわけだが、あれはどう見てもファールだろ。 そして、怪我で退場していて10人のうちに2点目も加えてしまった。 力から見ても東福岡の方が上だったが、せめてフェアーな判定が欲しかった。 それにしてもリーベルに入団予定の池元の、ちょっと持ち過ぎの感があるが、 ドリブルはすごかった。 それと、MF前川の展開力(広い視野と速いパス)は超高校級だった。
寒い中、東福岡が先制したものの、 山形中央のツボにはまったような試合だった。 後半ロスタイムに池元の強引なドリブルからの得点で救われたものの、 DFラインとGKの不安定さは心配な点だ。
五百万石.精米歩合56%.日本酒度+3.酸度1.5.
ちょっときついか。
チャリで諸富方面へ。
午後から雪になると云う天気予報やけんなるべく早く帰って来んといかん。
しかも今日は帰福する予定でもあるし。
北西からの強風に乗って南東方向にある諸富まで行くのは余裕だった。
水ヶ江から今宿方面に東向し、蓮池を経由して、
最初の目的地である蒲田津まで行ってみたが、"それ"らしい跡が見付からない。
仕方無く、諸富町に入り、大堂、徳富両地域でそれぞれ探してみるものの、
ジモッティに聞いてもさっぱり。ここも断念して寺井津へ。
ここでもどこが"それ"だったのか分らないと断念しかけていたら、
とうとう降雪し始めた。帰路はちゃんと行きに楽をした分のツケが回って来た。
北西の風と雪と周りは田んぼで障壁はなく、やってらんない状況に追い込まれた。
まあ、それでもなんとか帰宅に成功した。やれやれ。
圧倒的に押していたものの、 決定機に得点を奪えなかったツケを払うことになった。 あるいは、 滝二の懸命なディフェンスが勝利を産んだと云っても過言ではあるまい。 それにしても東福岡は1ボランチの前川頼みで彼以外からは有効な攻撃がなく、 おまけに前川のパスも後半は精度が少し悪かったようだ。 優勝出来る程1つにまとまったチームではなかった気がした。
譜代から結婚式披露宴の便りが届く。
そうして、みな犬小屋に納まって行くわけで、
こちらはどんどん野犬化している気がする。
そして保健所に監禁されるのか。
試合に負けたものの滝二のGK福島が良かった。
試合開始直後からの連続攻撃で早稲田が3本連続でトライを上げたのが、
大きかったように思える。
関東学院はラインアウトやFWの体重差で分があったものの、
前半終了前のペナルティゴールのミスは痛かった。
あれが決まっていれば、膠着していた後半はどうなっていたか分らない。
後半は関東が攻めて早稲田がなんとかかわしているようでもあったし。
それにしても早稲田は本気で選手を集め出したのだろうか。
在京時代にお世話になった母方の大叔母から、 サーターアンダギー*約30とみかん*約40贈られて来た。 年賀状が嬉しかったらしい。
まず、恒例の太宰府参りから。12日だと云うのに結構な人の多さだ。
5円を賽銭箱に投げ込み、形ばかり拝み颯爽と去る。
梅枝餅*3購入。
西鉄二日市で乗り換えて西鉄柳川で下車。
地図と本を頼りに1つ目を探せども見付からぬ。
ジモッティも頼りにならず、公民館は発見。
撮影したいのに、公民館の前でおばちゃん*3が長話。
立ち退くまで地図を読む振りをしてやり過した。やれやれ。
次に線路の東側まで歩く。
この三橋町では電柱とかにやたらと「不審者に注意、パトロール巡回中」と、
書かれてあって悪いこともしてないのにヒヤヒヤした。
土地の者らしくない髭面の輩がうろちょろしてたら怪しまれてもしょうがない。
2つ目は田んぼの中にポツンとあるようなので、注意して歩いたが、発見出来ない。
ここでもジモッティに聞いても駄目。よく本を読めば、もう少し東のようだ。
その通りに行けば、田んぼから少し頭を出している碑を発見。
次も近いはずで、適当に行ったら、もう碑が見えて来た。
が、デジカメの電池が途中で切れ、仕方なく、
視野に入っていたディスカウントストアまでアルカリ電池を購入して、また戻る。
充分に撮影して、一路西の柳川方面に向かう。
熊野宮の付近だと理解していたが、ここはちゃんとその通りでなんなくクリア。
その近くにあった久留米ラーメンで遅い昼食。肥前ラーメンや久留米ラーメンは、
替え玉がなくて、柔らかいのが特徴か。チャーシューがいっぱい入ってた。
西鉄柳川駅に戻り、一路南下。西鉄渡瀬で下車して、
JR吉野駅方面に向かうつもりが、どうやら行き過ぎた気配がして軌道修正する。
日も少しずつ落ちてきたし、かなり焦った。
まあ、野生的な勘が2度目にして冴え、発見。碑がなくて残念。
東側から回ってみたところ、臆病な犬達にかなり吠えたてられた。
そりゃ、滅多にこの土地に関係のない輩は来ないだろ。
西鉄渡瀬まで出て、西鉄柳川で特急に乗り換え、天神でチャリに乗り換え帰宅。
攻撃に関して最後のツメが甘い国見に対し、 守備は良くとも攻撃がなかなか続かない市船という感じで前半を終えた。 後半になると市船もボールを持てるようになったが、 国見のタイトな競り合いには負けていた。 そんな中均衡を破ったのは、市船の小川の強烈なロングシュートだった。 あんなシュートが入ってしまえば、もう試合は決まりだ。 これ以上のドラマは蛇足だろう。案の定、1-0で市船が逃げ切った。
先月、生姜焼きでパイナップル(缶詰)を入れて良い感触を持って、調子に乗って、
オムレツにパイナップル(缶詰)を細かく刻んだものを入れて、
なんとも云えないような味を演出したことがあった。
今回はオムレツの中身(合挽ミンチ+タマネギ)にキムチを入れてみた。
豚とキムチの相性は良いようだが、まあ大方の予想通り、なかなか良い感じだった。
もちろんケチャップをかける必要はない。
ここ最近チャリの鍵が固くなって、
鍵をかけるのに難儀を覚えるようになっていたが、
雨が降れば、また少し緩くなるけん、我慢してたのが、
ついに昨日は鍵をかけれんくなってしまった。
そこで最後の治療法として
KURE5-56
を某ディスカウントで購入し、噴射。
すごすぎ。こんなに柔いとは。
業界的に云えば、
「mass termが小さくなることによりsoft化された。」
な感じか。もしくは、
「還元剤が金属に付着しかけた錆を還元することにより酸化が抑止され、
防止される。」
と云う具合。
先週、クリアランスで、
またNORTH FACEのボーダーZIP UP ?を購入してしまったけん、
試すつもりで実行。
吉塚を7:09に乗車し、新飯塚、田川後藤寺で乗り換える。
乗車中はひたすら読書に没頭。最高。
田川後藤寺からの列車には
いつぞやの特徴ある車掌
(1度会ったら忘れない)がいた。
相変わらずだった。以前と違ったのは、
途中の駅で下りの列車に乗り換えて去って行ってしまったことくらいで、
本当に仕事が楽しそうだ。
今回も採銅所で下車し(9:32)、旧街道沿いに歩く。雰囲気がすごく良い。
宮原の辺りから登り始める(10:07)。ここからは、以前購入のダウンを脱ぎ、
ユニクロのヒートテックにボーダーZIP UPの2枚。
一応、念のために厚手のセーターを携行しておいた。
登り始めて直後に「頂上まで40分」の看板発見。
つまり40分未満で行けということ。鞍部に出て、これから急斜面が続いた。
雪はなく良かったが、前日から早朝にかけての雨のせいで地が緩くて、
静止摩擦係数がかなり落ちて難儀だった。おまけに靴の摩擦係数も低い。
頂上に着いたら(10:37)、360度の景色に感激。
貫山、平尾台、皿倉山?、福智山、牛斬山、香春岳、英彦山、大坂山、高城山が
一望できた(北北東から反時計回りに360度回転)。
一通り、"それ"の跡を堪能して、おにぎりを2つ食した。
それから下山にとりかかる(11:00)。頂上直下の堀切跡で左足をひねる。
歩くのに支障はない。ここで動けなくなったら、どうしようもない。
滑り易い斜面を慎重に下る。それでも、何度か滑りかけてヒヤっとした。
結局、11:29に下山。登りと下りにかけた時間がほぼ等しいことが、
自身のスタイルを証明している。やはり、下りは苦手。
そこから、香春町に向かう。
途中、歩道がない上にトラックが行き交って、安らげなかった。
香春町では簡単に発見。ただ、竹薮に入ったりして、結構汗だくになった。
通気性の良いはずのボーダーZIP UPの下も汗で濡れた。
ずっと尿意を催してはいたが、小キジを撃つ気にもなれず
(かつて香春岳は神域だった。)、
ずっと我慢して、飯を食うついでに撃つことにして、
とりあえず食べる所を探した。
次の目的地の勾金方面に向かう途中で、筑豊ラーメン山小屋中津原店に入る。
佐賀駅前店以来か。麺は細い。
はっきりしない"それ"の跡を確認して、勾金駅で40分待つことになった。
これ以上エネルギーロスしたくなかったけん、ベンチで本を読んだ。
ぽかぽかしていて、すごく気持ち良かった。
あっという間に待ち時間も殺すことが出来た。
初めて乗る平成筑豊鉄道。整理券が駅にあったとは気が付かず。
油須原駅で下車。良い感じでひなびている。
一路、戸代山を目指すが、駅に看板があったにも関わらず、道路に出てからが、
余りにも不親切。少し赤村に不信感を抱かざるをえなかった。
ジモッティに聞いて解決。車道を峠の方向に向かって、やっと入口発見。
ただ登山道があるはずだったのがなかったし、
車道の入口も看板が倒されてあった。つぶれたのか。
しばらく行くと駐車場があって登山道入口からひたすら登り続ける。
ずっと階段だったが、整備されていない感じだ。
なんとか、登山者によって道だけは確保されているといったところ。
途中でダウンを脱いで頂上に到達。どよーんとした雰囲気。
リストラを告げられたアスレチック器具達が行き着くところもなく立ち尽くし、
太陽光発電の電灯も1つは倒れ、もう1つも錆ついてただずんでいる。
無論、誰もいやしない。
とりあえず、"それ"の跡を堪能してみたが、どうも薄気味悪い。
太陽が雲に隠れているせいなのか。
落城話しが伝わるし、まんざら、いたところでおかしくはない。
とりあえず、おにぎりを1つ頬張り、下山することにした。
でも、しっかり"それ"の跡を見て行くことは忘れない。
一通り見て下山しかけたら、ひと気がした。出たか、と思いきや、
小学生らしき姿*1を発見。おたけびを上げていた。心配させるなよ。
下山中にまた1人と行き違い、さらに下では機関銃を持った小学生に、
「上に人がいませんでしたか?」となかば脅迫されるように尋問を受けた。
小生は怯えるように「2人いたけど。。。」と、2回も返事を強要された。
それから、駅まで戻ったが、待ち時間が生じた。
町を歩いて時間を殺すことにしたら、裏で何やら遺跡発掘を行っていた。
手伝いたい衝動にかられたが、立ち入り禁止だったので、
何の遺跡なのかも分らずに去ることになった。
それから田川伊田、田川後藤寺、新飯塚で乗り換え帰宅。